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ロックンロール徒然

独断と偏見による自己満音楽ブログ

徒然

このブログを始めて一年が経つ。

今まで書いた記事は30くらい。ひと月に平均して2記事と考えると飽き性の俺にしてはかなり頑張ってる方…か?

なかなかどうして物を書くってのは大変で、もっとスラスラ面白い文章を書けたらどんなにか楽だろうと思いつつ、あーでもないこーでもないと頭を悩ませているのが現実。持ち前の頭の硬さを恨みながらちまちま書いているわけですよ。

それでも時々記事の感想を書いてくれたり、何かしらの反応を示してくれる人がいるとやっぱり嬉しくて、自己満と銘打ってはいるものの読んでくれる人が少しでもいるならと、やる気の糧になっていますありがとうございます。

正直まだ足りないなーとは思ってます、文章力も自分の音楽的知識も全部。というわけで、少なくとも俺が大学にいるうちはこのブログは続きます。最近更新がカタツムリ気味ですが、ロックンロールへの興味は1mmも衰えていないので面白いバンドやテーマがあったら教えてください!書くかもしんないです。

にゃまこ

多分AIRBAGは売れる

いつものようにyoutubeを物色していたら、見慣れないバンド名が目に付いた。
「AIRBAG」
きのこ帝国やsyrup16gを輩出したukプロジェクトのニューカマー、新戦力といったところか。『birdman』と言う曲名に、伝説のバンドミッシェルガンエレファントの代表曲『バードメン』の面影を勝手に感じ、再生した。

売れそう

というのが、率直な感想である。「売れ線狙ってるな」というわけではない、「こんだけカッコいいんだから売れるだろ!!」という意味で、だ。閉塞した現実に対し闇雲に暴れ回るのではなく、機が熟すのを今か今かと待ちかまえている「birdman」の姿が、不安を切り裂くような鋭いギターサウンドに乗せて歌われる。余計な音は省いたコンパクトなサウンド、全体を通して漂うダークな雰囲気。「シンプルにカッコいい」俺が1番好きなバンドのタイプ。

AIRBAG、結成当初は4人いたらしいが、現在はGt/VoとDrの2人体制になっている(ライブはサポート入れてる)。つい最近初の全国流通版を出したばかりだが…何だかすでに貫禄がつき始めているような。若さを全面に押し出していくバンドも好きだが、この妙に落ち着いた感じが逆に「こいつらはヤバイ」感を生み出している

2016年、タワーレコード新宿店、渋谷店、梅田NU茶屋町店のみで販売されていた5曲入りのCD「DEMONSTRATION #1」は、全く無名の状態から音と縁だけで好セールスを得て大きな評判となる。

動画の説明文より引用

凄いなあって素直に思う。この話がどれだけ事実に沿ってるかはわからない。でも東京限定から1年で全国流通版を、それもちゃんとしたレコード会社から出せるってことは、実力は本物だ。いわゆる「業界の大人たち」に与えた影響もかなり大きかったんだろうと推測できる。

このバンドはこの先どう転がっていくのだろうか。インタビューによれば、目標は「幕張2days」。正直今の彼らの音楽で、幕張を目指せるとは思わない。でも彼らがこの先音楽界で暴れれば暴れる程、日本のロックンロール文化は間違いなく面白くなる…それくらいの影響力をこのバンドは持ってると思うんだよね。彼ら自身がその力に気づいているかどうかは分からんけど…でも『birdman』を聴く限り、気づいていてあえて隠してるのかも。

とりあえず3年後くらいには9mmレベルのバンドと対バンしてるのでは、と勝手に期待している。頑張ってくれ!

モッシュやダイブって、そんなに重要?


みなさん、モッシュとかダイブってしますか?ライブで盛り上がった野郎どもが自分の身を顧みずにやっちゃうアレ、最近ではフェス文化の広まりによってモッシュやダイブに身を投じる人口が以前に比べ増えているような気がする。野外のステージで開放的になった若人たちがあっちこっちでモッシュサークルを作る光景はフェスの風物詩ともいえるだろう。


ただ一方でこうした行為は危険と隣り合わせだ。ダイバーの足が当たって顔を怪我した、モッシュに巻き込まれ散々な目にあった、そういった人は少なくない。体全体で盛り上がれる反面、一歩間違えればその盛り上がりを一瞬で冷ましてしまう面もあるこうした行為との付き合い方について、自分が思うことを淡々と書いた記事。

はじめに、俺はモッシュやダイブはしない派の人間だ。ただやる人のことを別に咎めはしない、「どうぞ勝手にやってくれ、俺はやらないけど」という感じ。客席前方で激しく客がぶつかり合っていたり、人が持ち上げられているのを見ると凄え!と思うと同時に怖っ!という気持ちも湧き出る。自分は何にしても波に乗れない人間なので、モッシュにビビって避けまくっていたらすげー後ろまで流されていたこともあった。

モッシュやダイブは、目の前にいるミュージシャンの演奏に対する1つの「応答」だと俺は思っている。ステージと客席との距離は近いようで遠い。お前たちの音楽はサイコーだ!こんなに盛り上がってるぜ!というメッセージをどう届けるか、それを考えた末の結果がモッシュやダイブなのではないだろうか。ただその一方で今の状況を見ていると、自己顕示欲を満たすためだけに無理なモッシュやダイブに身を投じる輩も少なくない。そういった輩のせいで他の客、そしてミュージシャンが不利益を被ることは何としても避けなければならない。

そもそも、ライブにおいて大事なのは客の動きよりもその場の空気だと思うモッシュやダイブなんかなくても、観客が楽しそうに音楽に乗っていれば、自然と良い空気が作られる。逆に脳筋クソ野郎が下手くそなモッシュやダイブを繰り返すことで場の空気が悪くなることもある。人間って案外好きな音楽に乗せて軽く体を揺らしたり手をあげたりするだけで結構楽しい気持ちになるもんよ。

だからミュージシャンにも、モッシュやダイブという具体的な動きだけでなく、場の空気を察してライブの出来を判断してほしい。というのも、モッシュやダイブの存在で自分のライブの出来を判断しているアマチュアバンがちょこちょこいるのだ。「ダイブがあって嬉しかった」とTwitterで呟いたり、狭いライブハウスでサークルモッシュ促したり…
いやまあ、今はまだ良いよ観客の半分以上は身内だろうし。でも長期的な目で考えてほしい。メタルやパンクならともかく、いわゆる「邦ロック」とされる音楽のファンは実に多様だモッシュやダイブを平気でやる人もいれば、毛嫌いしている人もいる。これからもっと広いところでライブをするにあたって、そういったことを理解しないとファン層が極端に狭くなっちまうぞ。

モッシュやダイブのあり方については、ライブに行く観客、そしてミュージシャン一人一人がが考えなくちゃいけない問題だ。前述の通り、モッシュやダイブで思い切り盛り上がりたい人を止める気は無い。でも自信が無いなら絶対にやめたほうがいいし、いざやるにしても一瞬周りの状況に意識を向ける余裕は欲しい。上手な人はその余裕があるから場の空気を崩さず飛び込んで行けるんだと思う。さらに言えば、モッシュやダイブなんか無くても十分楽しいライブになることも覚えていて欲しい。誰もが思い思いに楽しめるライブにするためには何が必要か、これからのフェス文化、そして音楽文化の発展のためには避けることのできない問題だ。

「スカートの中」について語りたい


タイトル通りの記事だ、まってブロックしないでただのバンド紹介だから!

改めて

「スカートの中」というバンドをご存知だろうか。CD1枚出して解散、知名度は言わずもがな低い、まさに幻のバンドというべきだろうか。いつものようにカッコいいパンクバンドを探して不審者ばりにTUTAYAをウロついていた時に偶然見つけた。

その音楽性は…まずはMVを観てほしい

おまえの汚いケツの穴に 東京タワーをぶち込んで 痔になる瞬間見てやるよ 私は紅茶飲みながら

のっけからコレ。息もつかせぬパワーワードの連続、いやー言葉の重みを実感しますよ…

曲を聴いていただければ分かるように、「スカートの中」はガッツリパンクバンドである。下ネタ、メンヘラ、罵詈雑言と女性の、というか人間の心の奥底に眠るど汚い感情をさらけ出したような歌詞が最大の特徴だ。性格が良いやつは絶対こんなん聞かない。俺は性格悪いです。

もちろん、かなり人を選ぶバンドだとは思う。事実youtubeのコメントに、「斬新だろ?感が出てて嫌い」的なコメントあったしな。でも良いじゃん、品行方正が求められる昨今のバンド界隈に1つくらいこんなのがいたって。「スイミー」だって1匹色違いがいなきゃ話が成り立たないだろ!なあっ!

ただこのバンド、前述の通り結成から2年余りで解散してしまった。理由ははっきりしていないが、「スカートの中」が「スカートの中」であるためにあえてメンバーは解散という道を選択したんじゃないかなと思う。これから自分たちが前に進むために、このバンドを儚くも強烈な青春の瞬きとしたのかな…と。勝手な推測だけどね。


決して万人に勧めたいバンドではないけど、パンクが好きな人、毎日に不満がある人には是非聴いてもらいたいバンド。滅茶苦茶な音楽性だけど、やりたいことをやってる人にしか現れない輝きみたいなものが彼女たちにはある気がする。若さゆえの剥き出しの衝動を感じてもらえればいいと思う。

http://zaningen.blog111.fc2.com/blog-entry-91.html
「挫・人間」のVo.下川リヲの過去のブログ。スカートの中との一筋縄ではいかない思い出がつらつらと綴られている。下川さん勝手に載せてごめんなさい。

MONOEYESと、ELLEGARDENと、活動休止と


サークルで、MONOEYESのコピーをした。そんなわけで最近はずっとギターと向き合っていたが、MONOEYESの楽曲はシンプルながらも要所要所にこだわりが垣間見えてるのがニクい。なんやかんや楽しい経験だった。


MONOEYESは、かつてELLEGARDENでボーカルを務めた細美武士さんが中心となって2015年に結成されたバンド。ELLEの頃を彷彿とさせる、パンキッシュなギターロックを細美さんが再び鳴らし始めたことに感激したELLEファンは星の数ほどいるだろう。ELLE活動休止後すぐに細美さんが結成したHIATUSが、ELLEの音楽性とはかけ離れた実験的で複雑なサウンドを売りにしたバンドだったこともあり、「シンプルなロックを鳴らす細美」はELLEに青春を捧げた元少年少女が求め続けていたものだったと思う。


ただ俺は「ELLEに青春を捧げた元少年少女」ではない。というか、ELLEをちゃんと聴いたことが最近までなかった。だからMONOEYESに関しても、別にELLEの面影を感じて好きになったわけではない。そういう身からすると一部のELLEファンの狂信的ともいえるELLEへの渇望に違和感を感じる時がある。その「一部」が割と少なくない数であることも。

MONOEYESのwikipediaにこんな脚注があった。

Wikipediaを含む各所で「解散したELLEGARDEN細美武士の新バンド」「ex.ELLEGARDENの……」と見かけることがあるが、解散でも脱退でもなく活動休止なので「元」「ex.」などは誤りである。ELLEGARDEN 公式サイトを参照。

正直、苦笑した。わざわざ書くのかよ、こんなこと。

ELLEGARDENは2008年に活動休止した。復活への音沙汰は、ぶっちゃけない。メンバーそれぞれが別々のバンドでその腕をふるっている状況だ。だがELLEファンの中には未だに、いつかもわからない再開に想いを馳せている人がいるようだ。正直すげえと思う、そこまで若者を魅了したELLEのカリスマ性と、ファンの執念に。でもその一方で、その執念が空回りしている人がいるのも、悪いが事実だ。

こんな事があった。先日(と言っても結構前)、ELLEGARDENのDr.高橋宏貴が自身のブログにて「エルレが終わって…」と書いたところ、ファンからエルレは終わってません!活動休止です」との苦情が寄せられ、それに対し訂正の記事を載せたのである。

アホか

ELLEと関係ない赤の他人ならともかく、当事者が「エルレは終わった」と言ってるなら、少なくとも彼の中ではそういう認識なんだろう。いくらファンとはいえ、ELLEの活動に対する自らの解釈を当事者に押し付けるなと思う。いつまでELLEの幻想を追いかけてるんだ。細美さんもMONOEYESの活動を本格化させている時点であんたらも何となく察してるだろ、細美さんは今ELLEを再開させるモードじゃないってこと。今無理矢理ELLEGARDENを復活させたところで、あんたらが望んでる音楽なんか生まれないんだよ。いつまでも当たる見込みのないクジを引き続けてんじゃねぇ。

一方でELLE再結成を待ち続けてるファンの気持ちも痛いくらいわかる。活動休止の際にいずれ再開することを匂わせるようなコメントされたらそりゃ期待するよね。でも今ELLEのメンバーは各々やりたいことを自由にやっているように見える。MONOEYESで楽しそうに演奏する細美さんを見ると本気でそう思う。細美さんはMONOEYESを通してあたらしい姿を僕らに見せ続けてるのに、ファンがいつまでも過去に囚われてちゃお互い報われないよ。


過去のバンドは過去のバンド、今のバンドは今のバンド、そうやって割り切るのはミュージシャン側にとってもファンにとっても簡単にはいかないだろう。でも細美さんはHIATUS、そしてMONOEYESを通してELLEの音楽に縛られない新鮮な姿を見せている。他のメンバーが在籍するナッシングスやプレデターズも凄くカッコいいバンドなんだし、そこで頑張る彼らの姿を応援するのがファンの役割なんじゃないだろうか。そしてもし、ELLEが再び沈黙を破る時が来たら、その時は全力で迎え入れてやれば良い。それじゃダメだろうか…

最後にこれだけ

再結成を望めるというのは本当に幸せなことなんだ、もう二度と再結成できないバンドだっているのだから…

ディスクレビュー:Mr.Children「ヒカリノアトリエ」


そうきたか…と思った。

前シングル「足跡」からアルバム「REFLECTION」そしてツアーを通して、ミスチルは改めて「俺たちは4人組でミスチルなんだ!」という姿勢を僕等に示した。だから次もてっきりバンドサウンドが強い曲がくるものだとばかり思っていた。

タイトル曲「ヒカリノアトリエ」はそんな予想とは裏腹に、アコーディオンを取り入れた超ポップな曲。ギターの音は少なめ…というかほとんど聴こえない。でもピアノとストリングスに押されてリズム隊が追いやられていた以前と違い、どこか気楽に聴くことができる。「あっ今回はこういう方向性なんだな」という感じ。

何でそう思えるのかは簡単には言えないけど、多分いろんな楽器が鳴っていながらそれがきちんとまとまって、互いに支え合って「ヒカリノアトリエ」という曲を作り上げているからかもしれない。楽器が作り出すハーモニーが、決してド派手じゃないけど確かに僕等の背中を支えてくれるこの曲の歌詞とメロディにピッタリ合っている。BUMP藤原の言葉を借りるなら「曲がこのアレンジを求めていた」ということだろうか。

それにしても、ホントに丸くなったよなぁ桜井さん。この曲を聴いて何となく思い出したのが、アルバム「BOLERO」に入ってる「ALIVE」という曲

空に架かる虹を今日も信じ 歩き続けよう
過去は消えず未来は読めず 不安が付きまとう だけど明日を変えていくんなら今 今だけがここにある
(「ヒカリノアトリエ」より)

夢はなくとも 希望はなくとも 目の前の遥かな道を やがて何処かで花は咲くだろう その日まで魂は燃え
(「ALIVE」より)

どちらの曲も先行きの見えない未来に不安を抱きつつ、それでも歩き続ける姿勢を描いた曲。でも曲調も雰囲気も全然違う、「ALIVE」の異様に暗く尖った雰囲気と比べると「ヒカリノアトリエ」は優しく、明るい。どちらも前向きな曲なのに何故こうも変わるのか…

何となく思うのは「ALIVE」の歌詞は僕等ではなく自分自身に向けられてたんじゃないかってこと。事実当時の桜井さんはまあ色々あって(色々が何かはあえて言わない!)、前向きさの裏にどこか狂気を伴う危うさ、不安定さがこの曲にあるように感じる。好きな曲だけどね

でも「ヒカリノアトリエ」は違う。桜井さん自身だけでなく、聴き手に向けても共に頑張ろうと手を差し伸べているように思える。辛いことも悲しいことも苛立ちも不安も全て受け止めた上で、「一緒に」前を向いて歩こうとしている。綺麗事に甘えない歌詞が、そしてメロディがその姿に確かな説得力を与える。過去に辛い思いをしてきたからこそ歌えることもあるだろう。並みのバンドじゃ作れないよ、この器の大きさは。

色々書いたが、聴けば聴くほど沁みてくるそんな曲。先行き不透明な今の時代だからこそ尚更響くのかもしれない。引っ張ってくれるというより背中を押してくれる、確かな決意と安心感を与えてくれる曲だと思う。

ライブ音源も良かったな〜…ライブ行きたくなった、絶対行こう。

あっ

あけましておめでとうございます…今年もよろしくお願いします

ディスクレビュー:銀杏BOYZトリビュート「きれいなひとりぼっちたち」


「やべえのが来たな」

銀杏BOYZトリビュートの発売が発表された時、彼らを青春時代から追いかけて来たファンのほとんどはそんな感想を抱いたのではないだろうか。銀杏BOYZの曲が、彼らを敬愛する多くのミュージシャンによってカバーされる…多くのファンがこの事実に胸を膨らませたに違いない。銀杏BOYZの世代ではない自分でさえワクワクしたのだから。

銀杏BOYZトリビュート、「きれいなひとりぼっちたち」。YUKIが歌う『漂流教室が始まった瞬間、目の前には無邪気な笑顔をした少年の姿が確かにあった。YUKIの歌声はその天真爛漫さの中に純粋さ故の脆さをはらませながら、誰もが過ごしていたはずの「あの頃」を思い出させて行く。この曲を皮切りに、様々なミュージシャンによって時に激情的、時に叙情的に銀杏BOYZへの愛が紡がれていく

このアルバムを名作たらしめているのは、間違いなく銀杏BOYZ自身の曲の良さだ。当たり前だろと思うかもしれないが、彼らの曲は元々狂ったようなギターの歪みやノイズによって非常にカオティックだ。今回カバーしたミュージシャンは、原曲の雰囲気を大切にしつつ自分たちの個性も存分に発揮することで、改めて銀杏BOYZの曲はめっちゃ良い」という事実を聞き手に突きつけたように思う。

クリープハイプは相変わらずの甲高い声で「君」への一途な愛を歌い、サンボマスターは曲の持つ強烈なメッセージを暑苦しく叫ぶ。ミツメは原曲の持つ切なさを強調した大胆なアレンジを施した。どのミュージシャンも自由にやっているが、原曲よりもどこかキチッとしているのは彼らが曲中に登場する「純粋で愚かな若者たち」を俯瞰的に見る年齢に達しているからかもしれない。でも大人になって気付くこと、見えることもあるのだ、きっと。

銀杏BOYZをずっと応援している人も、銀杏を知らない人も楽しめる理想的なトリビュートアルバムになっていると思う。郷愁と新鮮さが全編を通して押し寄せてくる、そんな作品。もうホントいいんで、聴いてください。