ロックンロール徒然

独断と偏見による自己満音楽ブログ

笑えないヤバT、君がそうなら僕はこう


最初に聴いた時感じたのは、面白さ以前に何か、哀愁のようなものであった。客の来ないザマをネタにした、「ネタ曲」であるにも関わらず素直に笑えない自分がいた。

理由は簡単、バンドにとって客が来ないというのはネタで片付けられないい死活問題だからである。客が来なきゃ収入が無い、収入がなきゃバンドは続かない、下がるモチべ、冷める情熱…そうして陽の目を見ないまま雲散霧消していったバンドがどれだけいることか。バンドにとって「集客」とはまさに生命線なのだ。

そんなバンドの生命線をネタにしたこの1曲、YouTubeのコメント欄にはヤバTの名前がちらほら。確かにヤバTも身の回りのアレコレを皮肉混じりの笑いに昇華して沢山の名(迷?)曲を作っているが、共通項こそあれどこのバンド「君がそうなら僕はこう」は少し向いてる方向が違う気がする…と言いつつ敢えてタイトルにヤバTを冠したのは、やはりヤバTが売れたことは彼らにとって非常に大きなことだと思うからだ。ヤバTのヒットは、コミックバンドの新たな可能性を広げた一方、中途半端なネタ曲では「二番煎じ」と切り捨てられてしまう危険性も生み出したと思う。

「君がそうなら僕はこう」にとってヤバTは道にも壁にもなるはずだ。しかし先ほど書いたように彼らはヤバTとは向いてる方向が違う。そもそも彼らの曲はネタ曲である以前に「哀歌」なのだ。笑えない現実をポップな曲調にのせて笑いに変化させる、しかし哀しみのエッセンスを完全には消さない。その絶妙なバランスが「君がそうなら僕はこう」のアイデンティティを形成している。


この曲もそう、解散というセンシティブな話題をテーマにしつつも、笑いを交えながら力強く歌い上げる姿に、いじらしさ、切なさと同時に凄くたくましさを感じる。つくづく「強い」バンドだ…

それにしてもこのバンド、売れたら一体どんな曲を歌うんだろう。客も増え解散する可能性がなくなったら彼らは何を歌詞にするのだろう。微かな不安と確かな期待を持ちながら、かなり変でちょっぴりセンチでとっても強いこのバンド「君僕」を応援したいと思う。

『空も飛べるはず』のMVについての雑記


ねごとがカバーした、『空も飛べるはず』のMVを観た。


曲自体は、バンドサウンドにわずかにシンセをかけたアレンジが原曲の浮遊感とよく合っていて個人的に好きなカバー。そんでMVも爽やかで全然良い出来なんだけど、これを観てひとつ感じたことがあった。

「あぁ、世間一般的な『空も飛べるはず』のイメージって、こんな感じだよな」

このMVはほとんどのシーンを「女の子が宙を舞ってるシーン」で構成されている。ねごとの演奏シーンも、建物の屋上で青空をバックに撮影されていて正に空も飛べるはず』という曲が持つイメージを素直に映像化した作品だなと思った。卒業式の定番になってることからも分かるんだけど、多くの人はきっとこの曲に「出会いと別れ」とか「清々しい旅立ち」とか、何というかクリーンなイメージを持ってるだろうし、実際そういう側面もある。

んで、結局何が言いたいかっていうと、原曲の『空も飛べるはず』のMVって、なんかヘンじゃない?


空も飛べるはず』というタイトルを見て、曲聴いて、じゃあMV作ろうってなった時に普通はそれこそねごとのバージョンみたいな「広い空」とか「浮遊感」とかを強調させるんじゃないかと思う。でも原曲のMVは全然そんなイメージが無い。まず場面が変、どこなんだここは、隔離病棟?なぜ?なぜそこを舞台に選んだ?んで看護師さんと楽しそうに戯れる患者?のスピッツ。「空」という広さの象徴を曲名に冠している割に、妙に閉鎖的な空気がMVの中には漂う。ここまで書けば分かると思うけど、前述の「空も飛べるはず」のパブリックイメージとかなり乖離しないか、これ。

でも、じゃあ駄作か?と言われると全然そんなことない、むしろすごく良いMV。確かに曲のイメージとは少しズレているかもしれないが、この作品内で展開されるどこかシュールで不思議な世界からはものすごくスピッツらしさ」を感じるのだ。優しさや暖かさだけでなくどこか歪みを含んだ、草野マサムネ自身の世界観をそのまま映像化したような、そんな魅力を原曲のMVからは感じる。だからこそ曲の内容とか関係なくスピッツのMV」としてこの作品は楽しめるんだと思う

「曲の内容」かその「バンドらしさ」か、はたまたそのどちらもか…MVを作る際に何を重視するかによって、同じ曲でもこんなにMVの雰囲気が変わるんだなってことを改めて実感した…というのが今回の記事。今回取り上げた2つの「空も飛べるはず」以外にも何か面白い例があったら教えてほしいな。

ちなみに『空も飛べるはず』には「さよならポニーテール」というグループがカバーしたver.があるんだけど、そのMVは…各自観てほしい。なかなか面白いよ…

ディスクレビュー:Helsinki Lambda Club/teto「SPLIT」


キャリアこそ短いが、流行りに囚われない独自の道を突き進み続ける新進気鋭のオルタナティブロックバンド、Helsinki Lambda Club(以下ヘルシンキ)とteto。バンドのスタンスや音楽性など共通点が多い2バンドが手を組んだ!それがこのスプリット盤「SPLIT」である。

さてこの2バンド、ぶっちゃけどちらもかなりヘンテコなバンドだ。一聴しただけでは「なにこれ?」となる人もいると思う。だが何回か聴くと、少しずつその独特な雰囲気にハマっていくのである。噛めば噛むほど味の出るガムのような中毒性、それが両バンドの魅力のひとつだ。なんやかんやこのCDは発売から2ヶ月近く経つのだが、自分の中で良い感じに味わえるようになったのでこの機会にレビュー(というかバンド紹介)したいと思う。

まずは赤コーナーヘルシンキの3曲。ヘルシンキ洋楽に影響を受けたシャレオツなメロディーもさながら、とにかく歌詞が面白い

ヘルシンキ側のリードトラック、サビの歌詞でなんと言っているかおわかりだろうか。

あの時私たち I don't take it それかまいたち

曲中で1番大事な部分であるサビでこの歌詞(しかも4回繰り返す)。ただでさえ意味がわからない上にVo.橋本薫はさらっとこの歌詞を歌ってのけるので、一聴しただけだとホントに「なに言ってんの??」となる。これに限らずヘルシンキの歌詞は単純明快なメッセージ性よりも、少し捻った言い回しや語感を大事にしている部分が多いように思える(特に最近この傾向が強い)。それは時に唐突な場面転換や謎の韻踏みを生み出すが、これがめちゃくちゃ面白い。それでいて不意に、心をぐっと掴むフレーズが出てくるから気がつくとこのバンドに夢中になっちまうのだ…!ヘルシンキは3曲目「宵山ミラーボール」にてマッシュルームカットの君への一途な思いをスパッと歌い、次のtetoへとバトンを繋ぐ…

次いで青コーナー、tetoの3曲のレビューに移る。音楽性がにてる云々は前述した通りだが、こちらの方がパンク色が強いように思う。荒々しくも耳なじみの良いギターに乗せて、Vo.小池の言葉が圧縮された空気のように次々と飛ばされていく…このサマを一言で表すと「ただただカッケェ」

そして彼らの音楽の根底には、パンキッシュな熱さだけではなくどこか無邪気さがあるandymoriとよく比較されるそうだが(確かにちょっと似てる)、共通点を挙げろと言われたら、「オルタナティブロックへの呆れるくらいの純粋な愛」と答えられるのかもしんない。ここに収録されてる3曲も、全曲3分もない短い曲ながら聴いた後に強烈なインパクトと余韻を残す名曲だ。

新しい時代をそっと新しい風で煽っていく
ここからかここからかここからかここから生きていく

tetoの3曲目でありこのCDのラスト曲、「新しい風」の最後のフレーズ。Helsinki Lambda Clubとteto、どちらのバンドも今の邦ロック界に風穴をぶちあけ、まさしく「新しい風」を吹かせようとしているバンドだ。是非彼らには存分に暴れまわってもらって、オルタナティブロック界隈を面白くしてほしい。そんな2バンドの決意と魅力がこの1枚で分かる!そんなCDでございます。

The cold tommyは「ハヌマーンの後追い」じゃねえ

ハヌマーンにハマっている。

というか、NUMBER GIRLハヌマーンを筆頭とする「轟音オルタナギターロック」というやつに現在どハマりしている

だからイントロで程よくHIGHがかかったザラついたギターの音が響くと、つい聞き耳を立ててしまう、あれなんかハヌマーンぽいぞこれって感じで。

そして偶然バイト先の有線でかかったその曲のイントロは、まさに俺の求めていた音であった。

イントロのギターストローク、ザラザラしたサウンドがどこか気だるげな空気を生み出す。このまま超スピードのリフになだれ込みボーカルが絶叫しだせばもろハヌマーンの代表曲「妖怪先輩」なのだが、この曲はそうはならず激しくもどこかセンチメンタルなギターの音をバックに暁とともに訪れる別れの情景がドラマチックに歌われる。

The cold tommy、2009年からスリーピースバンドとしての活動を本格化させ一昨年メジャーデビューを果たしている…だが実際はもっと以前から、4人になったりVo/Gt.研井文陽のソロになったりと様々にそのカタチを変えながらも研井が守り続けてきたバンド名のようだ。


スーツを着たバンドは正義

サウンドこそオルタナやガレージを基調としながらも、ボーカルのハイトーンボイスやキャッチーなイントロからは今時のバンドのようなスタイリッシュさを感じる。その一方で歌詞は現実と幻想が巧みに混ざりあい、狂気を見せつつもそれに支配されないギリギリのバランスから成り立つ独自の世界を作り出している。

どこか飄々として洒落た雰囲気を醸しながらも、油断するとひと突きされてしまいそうな鋭さを持ったバンドだ。冒頭でハヌマーンを出したが、The cold tommyは決してハヌマーンの焼き増しバンドなんかではなく、オルタナやガレージの要素を汲み取りつつ我が道を突き進み続けている現在進行形のロックンロールバンドである。ぜひ聴いてみてくれ。

SHISHAMOの新曲がやばい


まさかこのブログでSHISHAMOを取り上げるなんて思ってもなかった

先日SHISHAMOのニューシングル、「BYE BYE」のMVが公開されたが…これがとにかくカッコいい。

イントロから攻め攻めのベース、鋭いギターカッティング、朝子ちゃんの何か妙に色っぽい声、どの要素も夏のじっとりとした空気感によく合っている。「君と夏フェス」で歌われた「青春の舞台」としての夏とも「夏の恋人」で歌われた「思い出の中」の夏とも違う、現在進行形で身の回りを取り巻く気だるい夏の姿がここにある。

Twitterなんかでは、「いつものSHISHAMOっぽくない」という声もちらほら見られる。だがよく考えれば、Vo.宮崎朝子は弾き語りでThe Birthdayの「カレンダーガール」を歌い、おっさんバンドマン達に交じってピーズの30th記念武道館を応援していた生粋のR&R Girlなのだ。むしろ今までその片鱗を表に出してこなかったのがかえって不思議なくらいである。今作はそんな彼女のロックな一面がちょこっと顔を出したに過ぎない

ホーンを取り入れメッセージ性を強く押し出した「明日へ」が注目された中での今回の新曲からは、ポップにもロックにも振り切ることのできるバンドの懐の広さを感じる。果たして次のアルバムはどうなることやら。めっちゃゴリゴリのロックンロールアルバムになったらちょっと面白いなと思いつつ、今までとちょっと違う大人なSHISHAMO…というか宮崎朝子に魅了されている。

追記:宮崎朝子の名前をミスっていた!すいませんっ!

「素」なバンド、EASYCOME

ここんとこお金がなくてCDを買えてない、ライブもあまり行けてないにゃまこです。NO MUSIC NO LIFE、音楽のない人生は退屈ね。

最近なかなか当たりのバンドに出会えず、しばらくyoutube漁りをやめていたのだが、先日久しぶりに潜ってみたらかなり好みのバンドを見つけた。EASYCOMEというバンド、まずは聴いてみて欲しい。

心地よく歪んだギター、癖のないまっすぐな歌声。今の季節特有のじめじめした空気を吹き飛ばすような、風通しの良い曲だ。2015年に結成された非常に新しいバンドだが、瑞々しさを感じる一方、曲にはどこか懐かしい匂いが漂う

俺がEASYCOMEを好きになれたのは、何というか、「素」が出てるからかもしれない。外部からの余計な手や装飾がなく、素のままの音楽という感じ。やりたいことをやりたい人と演れている楽しさや幸福感が、MVを通して聴き手にも伝わってくる気がする。

自分の鳴らしたい音を、歌いたい歌を、曲にする。誰でもできると思うかもしれないが、これが意外と難しい。「僕たち私たち、音楽楽しんでます!」感を出そうとし過ぎると、返って胡散臭くなってしまうからだ。そういうのは意図的に出すものではなく、自然と出てくる感覚だと僕は思う

できればこのバンドには今の雰囲気を変えて欲しくはない…というの1ファンのわがままだが、「素」をキープすることは難しい。この先周りの環境や自身の心境の変化がバンドの方向性を否が応でも変えようとすることがあるかもしれない。このバンドにはそういった困難をうまく切り抜ける柔軟さ、困難を屁とも思わないタフさがあるだろうか、あってほしいな、いやきっとあると信じてる。


8月に出る2ndアルバムのリードトラック。サビの「ストレート僕ら似ている カバンの中身も言える」という、ほどよいミニマム感を持った可愛らしい歌詞が素敵。色々書いてきたが、これを聴くと、まあこのバンドなら大丈夫かなと気楽な気持ちになれる。

というわけで先がとことん気になるバンド、EASYCOMEの紹介でした、チェケラ!

ライブレポート:クリープハイプ ストリップ歌小屋2017名古屋公演w銀杏BOYZ


いやはや、凄いライブだった。

クリープハイプの対バンツアー「ストリップ歌小屋」ファイナルの舞台は名古屋、そして対バン相手はクリープハイプもとい尾崎さんに多大なる影響を与えた伝説のロックバンド、銀杏BOYZ。これは見るっきゃないだろ!と思いチケットを取った。

物販はかつてないほどの長蛇の列。ウン十分並んで銀杏BOYZのタオルをなけなしの金で購入し、前買ったクリープハイプのTシャツと合わせて対バンルックの完成!それにしてもクリープハイプの「ただ」のTシャツ可愛すぎませんか?欲しいんですけど。

で、ライブですよ。

1番手は銀杏BOYZ。銀杏のライブは初めてだったが、これがもう圧巻。照明の演出はほどほどに、ただただステージ上で暴れ狂うVo.峯田は最高にダサくて、最高にカッコよかった。その姿は、もう俺には音楽しかないとすがりついているようにも見えてどこか神聖さすら感じてしまった。

「やめるのがめんどくさくて今もやってる」

今の銀杏BOYZについての峯田の発言。もうこの人は銀杏BOYZと心中するつもりなんだ、とはっきり分かった。峯田和伸という男のカリスマ性にぐいぐい引き込まれた1時間。次はもっと前で、周りの圧力と熱気でぐしゃぐしゃあの男を見たい感じたいと本気で思う。彼があんだけ全身で音楽を鳴らしてるんだ、俺も全身でそれを受け止めたい。ライブの写真やレポートでは伝わらない、ロックに対する剥き出しの衝動と底なしの愛情がそこにはあった

そんな圧倒的な存在感を見せつけた銀杏のライブは、次のクリープハイプへの期待を否が応でも高めてしまう。「あのライブと対等にわたり合えるライブができるのか…」そんな微かな不安を抱いていたことも否定できない。

「偉大なる先輩を超えます」

クリープハイプのライブが始まるやいなや、尾崎世界観が放ったのは勝利宣言」だった。銀杏ファンに対しては挑発とも取れる発言、受け取り方は人それぞれだろう。しかし間違いなく言えることは、この日のクリープハイプはやばかった

クリープハイプのライブはかれこれ4回目だが、見るたびに最高を更新しているように見える。だが今回は今までのライブより飛び抜けて良かった。とにかく気迫が凄い。あの勝利宣言はうわべだけの言葉ではない事に気づかされた。個人的には、キラーチューンが連発される中で「ABCDC」や「グレーマンのせいにする」とずっと聴きたかった曲が聴けたのも良かった。

ライブ中思ったのが、インディーズ時代のクリープハイプってこんなんだったのかなってこと。いつか日の目を見る事を信じ、今以上にたくさんの対バンをしていたであろうインディーズ時代、相手が誰であろうと負けじと全力で食らいつく…この日のクリープハイプからはそんな「野心から生まれる凶暴性」をどこかはらんでいたような気がする。

しかし、その一方で尾崎世界観はとても楽しそうだった。いつも以上に声も出ていたし、暗黒期を乗り越えバンドとしての調子が復活してるのは観客もしっかり感じとっていたと思う。

アンコール、銀杏BOYZクリープハイプの「二十九、三十」をカバーしたことに触れ、「カバーしてもらったからお返しするなんて…お中元みたいで嫌だな」と尾崎さんらしく捻くれつつも、銀杏BOYZの「援助交際」をカバー。途中にはもちろん銀杏峯田も参戦!この展開は十分予想していたが、それでも大好きな2組のバンドがデュエットしている光景は夢のようだった。先輩後輩の垣根を越え、互いに尊敬しあう関係…最高じゃないか…!


クリープハイプの「援助交際」は↑に入ってます

とにもかくにも半端なく盛り上がったライブだった。いくつもの壁を乗り越え遂に同じステージに立ったクリープハイプ銀杏BOYZ、ロックへの風当たりは相変わらず強い時代だがお互いがこれからも長くしぶとく音楽を続けていってくれることが1ファンとしてのささやかな願いです。