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ロックンロール徒然

独断と偏見による自己満音楽ブログ

「音楽に政治を持ち込むな」?うるせーよ


ちょっと前 twitterにてあるタグがトレンド入りしていた

#音楽に政治を持ち込むな

このタグを見た当初は適当にスルーしていたのだが 後々結構な議論になっていたことを知った このブログでは政治のようなデリケート話題はあまり書きたくないのだけれど 一応いっぱしの音楽好きとしてこの状況は放っておけなかったので今更ながら書かせていたいただこうと思う

もともとこのタグはどういう経緯で生まれてきたのか 自分がタグの存在に気付いた時点では議論がぐっちゃぐちゃになっていてとても元を辿る気になれなかった
で その後調べて分かったんだけど どうやら人気ロックフェスのフジロックにあのシールズ奥田君を呼ぶ事がそもそもの発端らしい なるほど

発端が分かったところで自分の意見を言いたいと思う 俺は奥田君の出演には反対です というか奥田君を呼ぶならその逆の思想を持つ人 中立派の人を呼ばないとフェアじゃないだろう ただでさえフジロックには国籍や思想を超えて多くの観客 ミュージシャンが来る そんな中でいわゆる 一方に偏った思想の人「だけ」を呼ぶのは 思想と音楽それぞれの自由のバランスが崩れてしまうような気がする 念の為言っておくがこれまでもフジロックにはNGOなどの団体が自らの思想を訴えるために出演している しかし奥田君の存在は良くも悪くも日本の今と未来に強い影響と波紋を与える存在だ そんな人を呼ぶことでロックフェスが左側の人たちの政治集会になってしまう…それは嫌だ

じゃあ音楽に政治を持ち込むことはいけないのかと聞かれれば それは全く別問題だろう まず#音楽に政治を持ち込むな というタグが包括する範囲が広すぎる 単に奥田君の出演を批判したいなら もっと別の言い方があるはずだ 「音楽に政治を持ち込むな」と言ってしまうと まるで政治をテーマにした歌を歌っちゃいけないみたいな考えじゃないか それはいくら何でもおかしい

自身の政治 社会思想をテーマにした曲ならいくらでもある ロックの王様キヨシローがその代表だろう だが彼の音楽は今なお名曲とされている なぜか…一つの考えだが 彼の立ち位置はある意味無党派であり その歌詞がキヨシローの純粋な気持ちと化してしまっているからかもしれない 彼は音楽ジャンルの一つとして自身の思想を歌ったに過ぎずそれを政治に結びつけるのはリスナーの勝手なのだ 何にも左右されず自分の歌いたいことを歌う これはロックの基本原則と言ったって良いし 音楽の強みでもある 誤解を恐れず言うとたとえ歌詞がちょっとくらい共感できなくたって曲が良ければノれるし楽しめるもんだ


ロックは反権力!とよく言われる だが実際ロックを作る人聴く人が全て同じ政治思想を持っているわけではない 個々人の思想に関係なく現実のしがらみを忘れて楽しむことができる それが音楽の醍醐味ではないだろうか 音楽に政治を持ち込むな?うるせーよ 政治のことについて歌いたいなら歌えば良い ただそれは政党のテーマソングではなく 個人の意見を純粋に述べたものであってほしい だからこそフジロックに政党が付いた人間を呼ぶことは ロックが持つ「何にも左右されない自由」を奪ってしまうのではないかと俺は危惧している

まあどうしても奥田君を出したいなら 奥田君をシールズから独立させてロックバンドを組ませれば良いんじゃない?「戦争反対!イエエエ!」みたいな…ダメ?