ロックンロール徒然

独断と偏見による自己満音楽ブログ

『空も飛べるはず』のMVについての雑記


ねごとがカバーした、『空も飛べるはず』のMVを観た。


曲自体は、バンドサウンドにわずかにシンセをかけたアレンジが原曲の浮遊感とよく合っていて個人的に好きなカバー。そんでMVも爽やかで全然良い出来なんだけど、これを観てひとつ感じたことがあった。

「あぁ、世間一般的な『空も飛べるはず』のイメージって、こんな感じだよな」

このMVはほとんどのシーンを「女の子が宙を舞ってるシーン」で構成されている。ねごとの演奏シーンも、建物の屋上で青空をバックに撮影されていて正に空も飛べるはず』という曲が持つイメージを素直に映像化した作品だなと思った。卒業式の定番になってることからも分かるんだけど、多くの人はきっとこの曲に「出会いと別れ」とか「清々しい旅立ち」とか、何というかクリーンなイメージを持ってるだろうし、実際そういう側面もある。

んで、結局何が言いたいかっていうと、原曲の『空も飛べるはず』のMVって、なんかヘンじゃない?


空も飛べるはず』というタイトルを見て、曲聴いて、じゃあMV作ろうってなった時に普通はそれこそねごとのバージョンみたいな「広い空」とか「浮遊感」とかを強調させるんじゃないかと思う。でも原曲のMVは全然そんなイメージが無い。まず場面が変、どこなんだここは、隔離病棟?なぜ?なぜそこを舞台に選んだ?んで看護師さんと楽しそうに戯れる患者?のスピッツ。「空」という広さの象徴を曲名に冠している割に、妙に閉鎖的な空気がMVの中には漂う。ここまで書けば分かると思うけど、前述の「空も飛べるはず」のパブリックイメージとかなり乖離しないか、これ。

でも、じゃあ駄作か?と言われると全然そんなことない、むしろすごく良いMV。確かに曲のイメージとは少しズレているかもしれないが、この作品内で展開されるどこかシュールで不思議な世界からはものすごくスピッツらしさ」を感じるのだ。優しさや暖かさだけでなくどこか歪みを含んだ、草野マサムネ自身の世界観をそのまま映像化したような、そんな魅力を原曲のMVからは感じる。だからこそ曲の内容とか関係なくスピッツのMV」としてこの作品は楽しめるんだと思う

「曲の内容」かその「バンドらしさ」か、はたまたそのどちらもか…MVを作る際に何を重視するかによって、同じ曲でもこんなにMVの雰囲気が変わるんだなってことを改めて実感した…というのが今回の記事。今回取り上げた2つの「空も飛べるはず」以外にも何か面白い例があったら教えてほしいな。

ちなみに『空も飛べるはず』には「さよならポニーテール」というグループがカバーしたver.があるんだけど、そのMVは…各自観てほしい。なかなか面白いよ…