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ディスクレビュー:スピッツ『花鳥風月+』

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今年メジャーデビュー30周年を迎えるスピッツから、一風変わったサプライズプレゼント『花鳥風月+』が届けられた。

今作は1999年に「スペシャルアルバム」という名目でリリースされた、カップリング曲と未発表曲をコンパイルしたレアトラック集『花鳥風月』をリマスタリングした作品。さらにこれまで明るみに出なかった幻の曲も追加トラックとして新規収録され、ファン必聴のアイテムとなっている。

 

 

スピッツというバンドは側から見れば安定感抜群のように感じるが、実際はアルバムによってかなり多彩なアプローチをしてきたバンドだ。特にバンドが軌道に乗るまでは、オルタナに振り切ってみたり、売れ線のポップスを意識してみたりと、自分達の音楽性を探して様々なジャンルを吸収、咀嚼している。

シングルのカップリングや未発表曲を集めた今作は、そうしたさまざまなチャレンジの残滓の集合体…といってもいいかもしれない。

 

 

そのため演奏だけを取り出せばオリジナルアルバム以上にバラエティ豊富だ。

冒頭の口笛やホーンセクションが印象的な『心の底から』、一転してエフェクトをかけたギターがサイケデリックな浮遊感を生み出す『コスモス』、『俺のすべて』では高らかなハードロックが鳴り響き、『野生のチューリップ』のリズムはどこか大瀧詠一『君は天然色』を彷彿とさせる。

さまざまなチャレンジを通して曲の引き出しを増やしてきたスピッツ、その軌跡をゆっくりと辿ることができるのが本作最大の魅力だ。

 

 

それでいてアルバムがとっ散らかっている印象がないのは、当時の最新曲である『スピカ』の存在が大きい。


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ポップなメロディーとシューゲイザー直系の激しいギターが絶妙なバランスで混じり合い、そこに《幸せは途切れながらも続くのです》と、酸いも甘いも噛みしめてきたからこそ歌える名フレーズが光る。

次作『8823』でこれまでのイメージを覆す大きな変化に挑んだことを踏まえると、『スピカ』はリリースされた時期的にも1st『スピッツ』から7th『フェイクファー』までの期間で育んできた音楽性の集大成という位置付けもできるんじゃないかと思う。この曲が彼らがこれまで積み重ねてきたチャレンジの数々を素晴らしい形でまとめ上げ、アルバムをぐっと引き締めている。

 

 

さてさて、ここから今作1番の目玉に移りたい。はじめに書いた「追加トラック」の話になるが、なんと今作にはインディーズ時代唯一のCD作品『ヒバリのこころ』がまるっと収録されているのだ。

本人曰く「2000枚作ったけど全然売れなかった」とのことだが、のちに『ロビンソン』でブレイクした途端オークションで高値で取引されるようになった「超レア盤」。そんな作品が長い時を経てついに公式の場で日の目を浴びたのである(オリジナル盤でも『おっぱい』と『トゲトゲの木』の2曲は収録されている)。

 

 

なにせ30年以上前の作品である。今と何ら変わらない…とは言い難い。歌声、演奏ともに良くも悪くも若さに満ち溢れている印象だ。

「ブルーハーツからの脱却」を図って試行錯誤していた当時のスピッツ。『ヒバリのこころ』や『死にもの狂いのカゲロウを見ていた』のリズム感にはまだビートパンクの名残があるが、一方で後年バンドの音楽性の礎となる煌びやかなアルペジオやネオアコ的なアプローチはすでにこの時点で拙いながらも形になっており、既に類い稀なるセンスの片鱗が現れている。

 

 

そして草野マサムネの歌詞は今以上にアングラ。特に『おっぱい』『死にもの狂いのカゲロウを見ていた』はそれぞれ「セックス」と「死」という、後年草野が曲のテーマとして挙げた2要素を露骨なくらいはっきりと描いている。

 

痛みのない時間が来て

涙をなめあった

僕は君の身体じゅうに

泥をぬりたくった

泥をぬりたくった

(おっぱい)

 

輪廻の途中で少しより道しちゃった

小さな声で大きな嘘ついた

殺されないでね ちゃんと隠れてよ

両手合わせたら涙が落ちた

ひとりじゃ生きてけない

(死にもの狂いのカゲロウを見ていた)

 

こうした生と死がめぐる様を鋭い感性で描いた歌詞を見たあとだと、『ヒバリのこころ』の《ぼくらこれから強く生きていこう》という超シンプルなメッセージに逆に違和感を覚えてしまう。屈折した内面をまだ完全にコントロールしきれていない脆さを、当時の草野マサムネからは感じるのだ。

しかしその脆さを捨てずに磨き上げていった結果、誰にも真似できないスピッツの「異質な輝き」が生まれたのは間違いないだろう。まだ荒削りではあるものの、まだ原石だった頃のバンドに触れられる、大事な大事な音源だ。

 

 

オリジナルの『花鳥風月』から22年、そしてインディーズ盤『ヒバリのこころ』から31年経つが、今なお歩みを止めることなく精力的に活動しているスピッツ。

例年の流れを見ればそろそろ次のアルバムのレコーディングが始まっても良さそうな時期だが、しばらくは今作を聴いてスピッツの長い歴史に想いを馳せつつ、来たる新譜を心待ちにしたい。

 

スピッツの現時点の最新オリジナルアルバム『見っけ』のレビューも併せてどうぞ。

 

Kachoufuugetsuplus

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